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京都旅行記(2007年7月)
<京都旅行・日程>
| 1日目 | 自宅――京都駅――東福寺――霊雲院――東寺――ホテル |
| 2日目 | ホテル――南禅寺――建仁寺(未遂)――圓徳院――高台寺―― 三十三間堂――ホテル |
| 3日目 | ホテル――実光院――勝林院――宝泉院――三千院―― 来迎院――音無しの滝――寂光院――ホテル |
| 4日目 | ホテル――上賀茂神社――大徳寺――源光庵―――ホテル |
| 5日目 | ホテル――建仁寺――京都駅――自宅 |
京都旅行記・3日目
今回の京都旅行・3日目は、三千院が目的地です。
京都駅からバスで移動です。
京都駅からバスに乗ること1時間くらいで大原バス停に到着しました。
早速歩いて三千院を目指しますが、歩いてすぐこんな綺麗な景色が広がってきます。
京都市内からバス1時間でこんなところにこれてしまうとは。
大原バス停からの道は結構坂道できつかったですが、割と日陰だらけなので気持ちよかったです。
歩いて15分ほどで、 三千院のあたりに到着です。
この辺りは三千院のほかにも、宝泉院、勝林院、実光院、来迎院と見所が沢山あります。
ますは、実光院から行きました。
実光院は、勝林院の子院で池泉鑑賞式の庭園・契心園があります。
実光院では、 契心園を縁側からだけでく、回遊しても鑑賞ができます。


実光院の次は、勝林院に行きました。
勝林院は、天台宗を開いた最澄の高弟・円仁が唐から学んできた仏教音楽「声明」の道場として開いたお寺です。
それ以後多くの声明修行の僧が集まり、この辺りは栄えたそうです。
ちなみに声明とは経文に音曲をつけて歌詠するもので、音楽的な色彩が強く後の邦楽(浄瑠璃や民謡など)に強く影響を与えました。
また本尊には、阿弥陀如来像がありました。

次は、宝泉院です。
宝泉院も、実光院とおなじく勝林院の子院です。
竹林の間から大原の里の風情が満喫できる額縁庭園が、宝泉院では有名です。
(残念ならがコンパクトデジカメラでは、うまく写せず。)


続いて、ようやく京都旅行3日目のメインでもある三千院です。
三千院の受付を通って、しばらくすると往生極楽院があります。
天台浄土教の大成者・恵心僧都源信が父母の菩提のために姉の安養尼と共に建立したと言われています。
名前のとおり、極楽浄土の世界を表現しているそうです。
それにしても、苔がとても綺麗でした。
三千院のあとは、来迎院に行きました。
来迎院も勝林院の子院です。
来迎院の次は、音無の滝に向かいます。
来迎院からは、さらに厳しい山道となり、途中くじけそうになりましたがなんとかたどり着きました。
途中、川を横切ったりしていきます。
写真ではあまり伝わりませんが、苦労して行く価値はあると思います。
音無の滝の名前の由来ですが、滝壺に落下する水音が山肌に吸収されるからとも、良忍上人が呪文によって滝音を消したからとも言われています。
しかし音は普通にしていました(笑)。


次は、またバス通りまで戻り、逆方向の寂光院を目指します。
行きと同じ道で戻ると面白くないので、ガイドブック「たびまる・京都」に書いてあった少し回り道で向かいました。
すると、

これは道じゃないでしょう(怒)!!!
面白すぎます。
そんな道のりを経て、ようやく寂光院につきました 。
寂光院は聖徳太子が父用明天皇の菩提を弔うために建立したものです。
また平清盛の娘で,高倉帝の皇后,安徳天皇の母である建礼門院徳子が余生を送ったところとしても有名な尼寺です。
なんとこの寂光院の本堂は、平成12年に放火にあい焼失しました。
大切な文化財を放火なんて、全く許せないですね。
その問題の寂光院の本堂です。
パッと見で最近建てたばかりというのが分かってしまうのが寂しいですね。
秀吉が寄進したという雪見灯籠です。
寂光院を後にして、バス停に戻り、そのまま京都駅に戻りました。。
3日目の夜も、京都駅近くの伊勢丹内にある「京都拉麺小路」でラーメンを食べました。
この日は、前の日においしかった「博多・一幸舎」に行きました。
これで京都旅行3日目はこれで終了です。